「ってわけで、だ」
「……どんなわけですか」
シガンの言葉にミルーダが順当にツッコんだ。
昔たんごの國普甲寺といふ所に、深く淨土を願ふ上人ありけり
リルガミンの市中を走る大通り。夜の帳もそろそろ落ちようとする中、ギルガメシュの酒場から先に撤退した2人が歩いていた。
「……どこにいくんですか? シガン」
ミルーダが不審そうにシガンに尋ねる。普段、他の人に対しては『様』をつけて呼んでいるのにシガンに対して呼び捨て、ということを姉に聞かれた日には一生からかわれることが目に見えているので2人きりのときにしかそうは呼ばないが。
「いや、あれだ」
「だからどれですか」
再び順当なツッコミ。
「ソコルディって知ってるか?」
「……えぇ、まぁ」
いきなり話題が飛んだシガンに不審そうな目を向けるミルーダ。
ソコルディ。
中位レベルの魔導師魔法。魔界より悪魔を召還し、使役する魔法である。
この魔法の歴史は非常に浅く、真言語よりこの魔法が体系化され確立されたのがわずか5年前。ワードナやダバルプスの時代には存在しなかった魔法の1つであった。
「……不肖にして私はまだ使いこなすことは出来ませんが、それがどうかしましたか?」
「ん、ソコルディ作った人に聞けば悪魔のこともわかるんじゃねぇかな、ってね」
シガンの返答を聞き、いったんは納得するミルーダ。しかしすぐに首を傾げる。
「なるほど。先ほどの酒場での話しに戻るわけですね。確かにソコルディを作った方がいれば有意義なお話をうかがうことは出来るでしょうが……そのような方がいるのですか?」
「あぁ、なるほど。ミルーダはこの街の出身じゃないから知らんのだな」
訳知り顔のシガン。
「マヌエル・セサル・コスタ。コスタ老って言ったほうが通りがいいけどね。あのタイロッサムと同期同門の人で、双璧と称されたお方だよ……うちの実家のつてで一応知り合いなんだよなぁ」
「うわ」
屋敷の前にきたミルーダは思わず声を出した。思ったよりはるかに大きな屋敷がそびえていたからだ。
リルガミンにおける高級住宅地の一角、その中でもかなり広大な土地を占拠するその屋敷は屋敷の主の権勢を物語っていた。
屋敷のほうを見るミルーダを尻目にシガンは門番に声をかけ、何事かを交渉している。
やがて門が静かに開いた。
「よし、いこうぜ」
「はい」
ミルーダも頷いて一歩を踏み出す。屋敷の大きさに感心するとはいっても2人とも超上流階級の出身ではあるので、中に入ったときにはすでに堂々とした顔つきをしていた。
「クリスタンテの若君がいかなる御用か」
迷宮で矍鑠としていたタイロッサムとは違い、コスタ老はベッドに寝たきりの老人であった。耳は長くエルフ族であることがわかる。だが寝たきりではあってもその眼差しは鋭く、確かにタイロッサムと並び証された若いころを思い起こさせた。
「本日は御老に質問があってまいりました」
頭をたれるシガン。彼も上流階級の出身なので礼儀を必要とされる場所においてはそれなりの言動が出来るのであろう。
「ほう、この死に損ないに聞きたいこと、とな……言うだけ言ってみるがよい」
「はい、実は……」
コスタ老の許しを得て口を開いたシガンだったが寝室のドアが開けられたことで言葉を止めた。
「お爺様、今戻りましたわぁ」
たたたっ、と走ってベッドの老人に抱きつく少女……それは……
「あら……」
少女……ディーナは一瞬殺意すら帯びた目で2人を睨みつけたもののすぐにそれを消して艶やかな笑顔を浮かべた。
「シガン、ミルーダ。ディーの家にようこそ、ですぅ」
「こ、ここ……お前の家だったの?」
意外そうな顔でディーナを見るシガン。
悪戒律のマリクのパーティにおいて、その最大火力を司る、現在のリルガミンにおいてかなり上位に位置する魔力を持つエルフの少女。
コスタ老のことを『お爺様』と呼ぶように直系の孫であるとするのならば、この少女のあまりにも強大な魔力も頷けることではあった。
「ふ~ん」
腕組みして頷くシガン。
「ディーや、どうしたんだい? おもちゃが壊れてしまったのかの?」
先ほど2人に向けた鋭い視線ではなく優しい目をディーナに向けるコスタ老。その視線から彼女のことを溺愛していることが感じられた。
「ディーのおもちゃたちはみんな丈夫ですもの、大丈夫ですわぁ」
蛇が笑みを浮かべるとすれば、このディーナの笑顔こそがそれに近いのだろう。舌を出して笑って見せるその顔は邪悪そのもので……だからこそ『おもちゃ』に対して『頑丈』ではなく『丈夫』という言葉を使ったことが耳についた。
「それよりもお爺様、よろしいんですの? 2人が寂しそうですよぉ?」
「あぁ、かまわんかまわん。ディーさえおればそれでよい」
そう言いながらディーナの頭を撫でる老人。
「……ここは出直したほうがよさそうですね。神殿の蔵書室などにも資料はあると思いますし」
ミルーダのぼやきにシガンは肩をすくめてそれに答えた。
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