「あ、あれ? 爆弾箱、2個あるよ!?」
迷宮第4層にファールの素っ頓狂な声が響く。
「……」
「……」
しばし考える一行。
「ま、どっちでも一緒っしょー!」
「そうねー。あははー」
考えた割に結論はアバウトだった。
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは
「うぅ~む……かなり精巧な仕組みであるな。正直なところ、我輩はこの爆弾トラップは解除できぬ」
「へぇ~、そんなすごいんだぁ」
戦士の休息場、リルガミン市内にあるギルガメシュの酒場に集った一行は今日、生き延びられたことに祝杯をあげつつ箱を見ていた。
シガンによる箱の鑑定結果は宝箱……まんまである。
その宝箱を無骨そうに見えて、何気に繊細なユーウェイが指を這い回らせた結果がその感嘆だった。
ただその話を聞いているのはニンジャのレイラだけであった。
ファールはステージの上で気持ちよさそうに恋歌を歌っていた。
彼女はもともと精霊神ニルダを祀る僧門の出身なのだが、芸の道に憧れ家を飛び出し……そして今は迷宮に潜っている。なぜかは不明。彼女は彼女なりにいろいろあるのである。
芸人を志しただけあって、その歌声は堂に入ったものでありそれだけでお金を稼ぐことも不可能ではないと思わせるのではあるが、今のところファールは迷宮に潜るのをやめるそぶりは見せていない。
ケイツはシガンに何事かを話しかけ、そのことごとくを無視されていた。
その様子にレイラは苦笑を浮かべるが、いつも自分も無視する側の立場であることは棚に上げている。
パーティ最年少のケイツは弟たちを養うために迷宮に潜っていた。彼女は早くに両親を流行り病で亡くし、3人の弟たちを抱えながら路頭に迷っていたのを彼女に魔法を教えた師匠に拾われたのである。彼女の師匠の、そのまた師匠に当たるのがタイロッサム。つまり彼女にとって自分の師匠を嘆かせるタイロッサムは絶対に許せない存在であった。
シガンはといえばよだれでもたらしそうな顔で酒場で働く半裸の女たちに見入っている。
その様子こそただのエロガキではあるもののもともと生命神カドルトに仕えるエリート司祭であった。
順調に出世コースに乗っていた彼がなぜ冒険者を志したのかについて彼がまともに語ることはまだないが、義憤、だけではないようである。
そして……
「あれ? バージャルは?」
レイラがきょろきょろと辺りを見回す。
「カザルか?」
「そう、それ」
相変わらず適当な発音であった。
「……お、おぉぉぉぉぉ」
シガンが目の前を横切る尻にかぶりつくように見つめていると尻がシガンを殴った。正確にはその尻を持った女性がシガンを殴ったのである。シガンは一発でテーブルに突っ伏し動かなくなった。
「やっほぉ。諸君、元気ぃ?」
ニヤニヤと笑いながら尻……いや、女性が突っ伏したシガンの後頭部にひじをつく。
ハロゥ。レイラもたいがいにして薄い服を身にまとっているが彼女の服はさらに薄い。着る意味があるのか、すら不明な、南方出身者特有の日に焼けた肢体を見せることに特化した服装である。
彼女はシガンと同門の生命神カドルト神官であり、シガンの姉弟子に当たる女性である。もともとシガンは司祭であるがゆえに冒険当初は初歩の回復魔法すら取得してはいなかったのだが、傷つき、リルガミンに帰還したパーティの回復を彼女が担当してくれていたのである。
もっとも悪戒律である彼女に、パーティは決して安くない金を支払っていたのは事実ではあるが……
「あんまりうちのメンバーをいじめんでくれるか?」
「いやいや、姉弟子として弟弟子が淫らな道に足を踏み入れないようにするための教育だってば」
苦笑しながら後ろから現れたカザルはもう1人の男を伴っていた。
「マリクは俺たちがまだ足を踏み入れていない第5層、北西を探索済みだってことでな。話を聞いてたんだ」
マリク。外見は長く伸ばした金髪を背で無造作に縛っている一見すると優男である彼はハロゥのパーティメンバーであり悪戒律の戦士。そして……
マリクはにっこりと微笑みながらレイラに近寄る。
「やぁ、レイラ。久しぶりだね。まだ僕のところに帰ってくる気はないのかな?」
レイラのあごを持ち上を向かせる。彼女の目に飛び込んでくるのはかつて自分が悪戒律だったころにパーティを組み、そして恋人同士だったときと変わらないあのころの笑顔。
しかし、レイラはマリクの手を片手で振り払う。所詮は過去の話だ。
「冗談でしょ?」
「冗談だとも」
レイラの言葉にマリクは肩をすくめてから酒場の奥に消えた。
「ま、そういうこったから。そっちもなんか情報を手に入れたら教えなさいよ」
シガンをもてあそぶことに飽きたか、ハロゥもマリクを追って酒場の奥に消える。カザルは苦笑しながらそれを見送り……ゆっくりとテーブルにつきながら口を開いた。
「で、だ。宝箱をそのまま爆発させたら俺たちもそれに巻き込まれちまうだろ? だがマリクが言うには第5層北西にちっちゃな時計が落っこちてるらしいんだ。それを使ったら、俺たちが逃げてから爆発させるような、時限装置が作れねぇかな、と」
酒場には今日もファールの歌声が響く。
「……くすん」
無視され続けたケイツが悲しそうな顔で両手に持ったカップの中のエールに口をつけた。
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