「……マジ疲れた」
その場にへたり込もうとするレイラは横から突き飛ばされた。
「うわぁっ!」
「楽譜っ! 楽譜は無事っ!?」
ファールだった。
はるがすみたつやおそきと山がはの岩間をくくるおと聞こゆなり
「……まったく」
苦笑を浮かべながら細い目をさらに細くして机の上の本を探すファール。
レイラは傍らに落ちていた杖を拾い上げ、ケイツに手渡した。
「ほい、宝珠」
「あ、はい」
ケイツは宝珠を受け取る前にトモエが放り投げたカタナを拾い上げ……びぐんっ、っと震えた。
「な、なんですか、これっ!?」
カタナを取り落とし、拾い上げた手を押さえながら取り乱す。
「どうした?」
カザルが心配そうにケイツの肩に手を置いた。
「む……ムラマサ」
ケイツは声を振り絞ってそのカタナの名を告げた。
はるか東の国で打たれたという妖刀。別名血を啜る刀。
かつて某国の君主は二代続けてこの刀によって殺された、であるとか、この刀には意思が存在しており刀に認められぬものは精神に異常をきたす、であるなど、まことしやかな伝説が一人歩きする伝説の武具であった。
幾多の刀匠がムラマサに挑み、そして挫折していったことだろう。その伝説が今、目の前にあった。
「あっそぉ。そこ置いといて」
だが当のサムライは『彩の王』を探すので一生懸命だった。
「……こっちよりそっちが大事なんですね」
ケイツが切なそうに呟いた。
結局この部屋でパーティが得たものはムラマサ、宝珠……
「にへ~……」
至福の表情のファールがその手に開いている楽譜。そして……
「……日記?」
シガンが手に取った書物を見て呟く。
タイロッサムが記したであろう日記……
「……どうせ街に帰ったら、これ提出しなきゃいけないだろうし。だったらここで俺らが読んどくべきかなぁ」
呟いてページを捲る。
ひたすら簡素な内容であった。
毎日に変化がまったくない。
しかし……
「……誰だこりゃ?」
疑問の声を上げるシガンの手元の日記をミルーダとケイツも覗き込んだ。
「……あの方?」
あの方が奥の院に旅立たれてからどれほどの月日が経ったことだろう。
今はよい。だが彼の地より彼らがやってきてからでは遅すぎる。
「……これだけですか?」
「……これだけだな」
尋ねるミルーダに答えるシガン。
「あの方が誰なのか、とかまったく書いてないじゃないですか。文章として三流ですよ、これ」
厳しいダメ出しだった。
「いあ、ほら……日記だから読ませるもんじゃないんだし」
シガンの反論も弱い。
「現に今、私たちが読んでるじゃないですか。タイロッサムさんがもし私たちを試していたのだとすれば当然これを読まれる可能性があるってことを考えたはずです。その上でこの文章というのは……」
「……えっと……はい」
言葉をさらに連ねて文章を貶すミルーダに、もう1人、黙って日記を読んでいたケイツが手を挙げた。
「はい、ケイツ」
「……えっと、ここに詳しく書くことが出来なかった、という説は?」
ケイツの言葉にきょとんとした顔をする2人。
「というと?」
「例えばここに記してあったらいけない名前」
聞き返したシガンにケイツは例えをする。
「書物は……今、私たちが見ているってだけじゃなくてこの先、何千年も残りますから。自分たちの恥になるようなことって書けないじゃないですか」
「恥? 恥っつってもなぁ……」
言いかけてシガンの顔から血の気が引いた。
「あ、う……嘘でしょう」
ミルーダも口元を押さえて呻くように言う。
恥。この場合、最も後世に残したくないことはなにか?
それは王家のスキャンダル。
ダバルプスはここリルガミンで魔王と呼ばれたとはいえ、マルグダ、アラビクという勇者を生んだ。
それにダバルプスも王族の出身とはいえ傍流でしかない。
さて現リルガミン女王には姉がおり……
……今は行方不明になっている。
「……まだわかんないです。もしかしたらミルーダさんが言うようにあのタイロッサムが文章へっぽこだ、って可能性だって残ってないわけじゃないですから。ただ……ひとつの可能性です」
3人は沈痛な面持ちで日記から目をそらした。
「おう、あとでお前らの推測は聞かせてもらう……として、だ。とりあえずなんか一刻の猶予もないようだしいったん地上に帰ろうと思うんだが」
カザルは青ざめた3人に声をかけてからパーティの帰還を宣言する。
「よ、っと……宝珠と日記と……」
転がったままになっていた宝珠の杖を拾い上げ……
「あ、その楽譜も返すことになるからな」
軽い口調でファールに語りかける。
「え? え? え?」
取り乱して楽譜を落としかけるファール。
「当たり前だろう。それ、タイロッサムが勝手に持ち出したもんなんだろ? さっきの話聞くと」
「あ……そ、そうね。返すのが当たり前ね。うん。あったりまえじゃん。あははははは」
ファールはガタガタと震えながら嫌な汗を流した。
精一杯の理性というやつである。
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