タイロッサムが杖を構え、何事かを詠唱する。
「待て! 俺たちがここにきたことに礼を言うほどのあんたがなぜ戦おうとする!? その宝玉が再び杖に光をともさせるものであればそれをただ返してくれればいい! 女王はきっとあんたを許すだろう!」
カザルの言葉。
「……わしもわしなりにリルガミンを愛しておる。だがもはや言葉のみで解決するには時間がかかりすぎた……女王陛下がわしを許したとしてもわしはわしを許さぬ」
詠唱を一度切り、タイロッサムが静かに呟く。
東路の道のはてよりも、なほ奧つかたに生ひ出たる人
タイロッサムの詠唱が終わり、何者かが召還される。
小柄で色とりどりの服を身にまとった男……
その姿を見た瞬間、ケイツが息を呑んだ。
道化師のような服装……だがよく見るとその服は血や得体の知れないもので薄汚れている。そしてなによりもその顔。
人間ではない。獣のような毛の生えたその顔に薄い笑みを張り付かせている。
その目に宿るのは限りない獣性……
「フラック……!」
地獄の道化師と呼ばれるこのモンスターの正体は明らかになっていない。ワードナの迷宮にも存在していたと文献には載っているが、それ以外はなにもわからない、謎のモンスターである。
「なぜあんたが戦いを望むんだ!」
さらに説得をしようとするカザル。
「……わし程度を殺すことすら出来ずリルガミンの勇者になろうとは片腹痛い話よ。勇者よ。真にその名に相応しいのであれば実力を持ってそれを証明してみせよ!」
タイロッサムが手を横に広げると同時にフラックが息を大きく吐き出した。
吹雪のブレス。
あたりの気温が下がり、吐いた息が凍りつくほどの息吹に体温が奪われていく。
「く、ぉぉ……」
誰も死にはしなかったようだが連続で食らってはひとたまりもない。
ケイツは次のブレス対策にコルツ……魔法障壁の詠唱をはじめ、またシガンとミルーダは回復魔法を唱えだす。またファールもなにかの呪文の詠唱を始めたようだ。
だったら……
カザルはレイラに視線を送る。
レイラもそれに気づき、小さく頷いた。
「おぉっ!」
かじかむ体を無理に動かし、カザルはフラックに剣を繰り出す。その意図を理解したようにレイラも横から大きく剣を振りかぶった。
しかし……
ガキーンッ!
硬質音を立ててぶつかり合ったのはカザルとレイラの剣。
フラックはどのように逃れたものかすでに数歩後ろの位置に立っていた。
「……」
不気味な面相に嫌悪感を誘う笑みを浮かべるフラック。
「ちっ」
舌打ちをして再び剣を構えるカザルとレイラ。
そのとき後衛の呪文詠唱が終わり、体力に乏しいレイラとミルーダの回復が行われたようだ。また不可視の障壁がパーティ全体を覆う感覚……ケイツのコルツも問題なく効果を発揮したらしい。
そして……
「春眠不覚暁、処処聞啼鳥……カティノっ!」
ファールの力ある言葉とともに崩れ落ちるフラック。
眠りの呪文が効果を発揮し、フラックを一瞬で眠りに落ちさせたのだ。
「……うわ、効いちゃった」
自分でも驚いたように呟くファール。
崩れ落ちようとするモンスターをそのまま見送る前衛ではない。
レイラは右から、カザルは左から剣を繰り出し、その息のあった攻撃によりフラックは息絶えた。
「さぁ、あとはあんただけだ……もう戦う意味はないだろ……ッ!」
カザルがタイロッサムのほうを向こうとし、魔法によって振り下ろされた拳によって吹き飛ばされる。
神の拳とも呼ばれるツザリクの魔法。ケイツの張った魔法障壁をやすやすと破るその一撃はカザルの体を吹き飛ばす。
「ぐあぁっ!」
壁に叩きつけられ口から血を溢れさせるカザル。骨が内臓を傷つけたらしい……すぐにシガンが回復魔法の詠唱を始める。
「……このっ!」
カザルを一蹴し、一瞬動揺を浮かべるレイラだったがすぐに立ち直りタイロッサムに剣を繰り出そうとする。だがタイロッサムの呪文のほうが早い。
「去年落一牙、今年落一齒……マモーリス」
パーティメンバーの動きが遅くなる感触……そして……
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……あ、ぁぁ」
レイラとケイツ、そしてミルーダを激しい恐怖が襲う。一瞬の間を作ることで間合いを支配する……やはりタイロッサムは稀代の術者であった。
「……どうした。その程度ではこのわしを殺すことなど出来んぞ」
カザルは重傷を負い、シガンはその治療に追われている。そしてレイラたち3人は激しい恐慌に陥っていた。
「ほら、うちらって優しすぎるからね」
ちら、とシガンの様子を横目で見ながら軽口を叩くファール。しかしタイロッサムはその時間稼ぎに付き合うことをしない。
「わしを殺さずに……その覚悟なしにこの先に進むことは出来ぬ」
「この先……にはなにがあるの?」
タイロッサムの言葉に問いを返すファール。
「地獄、じゃよ」
そして机に向けて手をかざすタイロッサム。
「わしを殺し、覚悟を見せるのじゃ。さもなくば……啼鵑催去又声声、丹青旧誓相如札……」
そして小声で詠唱を始めるタイロッサム。しかしこの呪文は……ラハリト? 炎を敵に浴びせかける……あまりにも初歩の魔法であるといえる。これでは傷ついているとはいえパーティの誰の命を失わせることは出来ないだろう。また呪文を向ける方向も机……机?
机の上にはタイロッサムの蔵書が、蔵書が、蔵書が……
彩の王が!
気づいたときにはファールの刀がタイロッサムの腹を貫いていた。
タイロッサムは薄く笑みを浮かべ……
「ありがとう」
それが稀代の大魔導師の最期の言葉だった。
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