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【2024年04月20日14:00 】 |
Wizardry外伝1 受難の女王 その16

「♪」
あの時一度だけ聞いたあの歌を口ずさみながらアドベンチャラーズインのエコノミールームから足を踏み出す。
あの歌を聞いたとき鳥肌が立った。こんな歌を作ることが出来る人間がいるなんてことが信じられなくて、だから感動した。
だからこそ……
だからこそファールはタイロッサムに逢わなければならなかった。


それ和歌は、兩儀剖判ののち、萬物未だ成らざる以來


「おう、今日は早いな」
いつも待ち合わせ場所への集合順番は後ろから数えたほうが早く、眠そうな顔を引きずりながらやってくるファールが眠気を見せず、一番にそこで待っていたことにカザルは少なからず驚いた。
「まぁね。今日で願いがかなうかもしれんのだからね」
「願い? ……タイロッサムか?」
ご機嫌なファールに問い返すカザル。
ファールはふふふー、と笑った。

彼女の父親はリルガミンにおいてもかなり強大な発言力を持つ修道院長だった。
広大な荘園を所有し、召使たちは彼女を姫君と敬う……彼女はずっとこんな贅沢な日々が続くのだと信じて疑わなかった。
見渡す限り彼女の家の土地であり、その中で彼女は紛れもない女王だった。
彼女と1歳年下の妹はなんの不自由もなくすくすくと温室で育った。
彼女の母は信仰心の厚い女性で厳格な人柄だった。妹は母のほうに懐いていたようだが彼女は父のほうが好きだった。
彼女の父は自身が芸術的な素養には恵まれなかったものの、その才能を持つものに惜しげもなく財を与えるパトロンであった。
彼女は父の膝に抱かれながらよい絵画を鑑賞し、よい舞台を見……そしてよい曲を聴いていた。そのときはまだ彼女はその道に自分が踏み入れるなど予想だにしていない。

ある冬の日。
いつものように父が招いた楽団の演奏を彼女は聞き、目を見開いたまま動くことが出来なくなった。
自分の頬を無意識の涙が伝うのを感じる。もしもこの曲を歌いきることが出来たのならどれほど幸せなことだろう。
そのためならなにもいらなかった。

夜更けすぎ、彼女は彼女の家に泊まることになった楽団の座長の部屋に父にも内緒で忍んでいった。
座長は楽団のメンバーの1人と酒を酌み交わしていたものの、パトロンのお嬢さんが夜更けすぎにとももつれずにこんなところに来ることに驚いていたが、彼女の言葉にそれ以上の驚愕を感じる。
「私を一緒に連れて行って!」
家を捨てて楽団に入る……
それは幸せなことではない。
王室お抱えのオーケストラであれば実入りは大きいものの、彼らのような小楽団は解散と常に隣り合わせである。ましてや彼女の父は彼らのパトロンであり……彼女を連れて行くということは彼女の父の怒りを買うことは覚悟せねばなるまい。彼女の父の怒りを買うというのはすなわち彼らはも生きていく術がなくなるということなのだった。
座長は多少取り乱しながらも彼女に一緒に来ることを諦めるよう説得する。
しかし彼女は泣きじゃくり、連れて行ってくれなければ死ぬ、と言い放った……座長はほとほと困ってしまったようだった。
「座長、まずは彼女がなぜ我々についてきたいのか、それを聞いてみましょう」
座長とグラスを交わしていた男が助け舟を出さなければ事態はまとまっていなかったかもしれない。
彼女はしゃくりあげながら、先ほど聴いた曲に感銘を受けたことを話す。
「わかりました。では今日はお眠りなさい。明日我々と一緒に行きましょう」
男が彼女に微笑みかける。彼女はこれで道が開けた、と思った。
だが……
……彼女が目を覚ましたときには楽団はすでに旅立ったあとだった。

彼女の父親は激怒した。
座長が彼女の言動を父親に報告していたからだ。
父親は彼女を半分幽閉するように部屋に閉じ込める。それからしばらくの間、彼女の生活に彩りは存在しなかった。
1人でとる食事。
会話のない毎日。
それでも彼女の思いはあの曲にだけ注がれていた。

ある春の日。
家族は彼女1人を残して王家の招きでリルガミンへと旅行をしていた。
残った召使も数人しかおらず、静まり返った広い屋敷。
家を出るのは今しかなかった。
家を出た彼女が向かったのはリルガミンだった。
純粋培養のお嬢様である彼女は悪意を持った人間にだまされ、奴隷商人に売られそうになりながらもこの街にたどり着けたのは奇跡的としかいいようがあるまい。
彼女はこの街で自分の記憶の中だけの曲を探すことからはじめた。

彩の王。

その曲名にやっとの思いで辿り着いたとき、彼女は希望と絶望を同時に味わった。
本来ならばこの曲は王室のオーケストラのみにしか演奏することが許されないいわくつくの曲だったからだ。
あの楽団がなぜこの譜面を持っていたのか、それはわからない。恐らくなんらかの非合法な方法を使ったのだろうということが想像されるだけだった。
だが彼女はまだ諦めなかった。まだ……王室のオーケストラとして雇われる道が残っていたからだ。
彼女は安宿を借りて音楽の勉強をしながら、夜は酒場で用心棒として働いた。幼いころ教わった剣術が役に立つことに彼女は苦笑を禁じえなかったのだが……

しかし状況が一変する。タイロッサムの叛逆。幾多の貴重な魔法書とともに『彩の王』の譜面も彼の逆臣に持ち去られたという。
……タイロッサムのところまでいけば藍の王の譜面をこの指で触ることが出来る……
彼女はその日、迷宮に向かうことを決意した。

「……よし、そろそろいこうか」
パーティメンバーが揃ったことを確認してカザルが声をかける。
「よっし!」
ファールは腕をぐるぐる回して気合を入れた。

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【2006年12月12日11:42 】 | Wizardry小説 | コメント(1) | トラックバック()
コメント
無題
今回のタイトルは菟玖波集。ちょっとマイナーかも。すんません。

なんかケイツとカザルに比べて幸せっぽいけど、そんでもがんばってんですよ、ファールも。
ちなみに『彩の王』は『さいのおう』でお願いします。

天羅万象 陶久秀(ラグラノール)
政治家。この一言で十分です、このキャラは。
主君に仕えながら『俺は自由だー』とかいうキャラじゃなくて、なによりもお家の繁栄を大事に思ってるタイプ。そのためなら主君すら殺すカクゴが出来てる人ですね。
このキャラは相当切れてた。というか切れてる状態じゃないと……
今、このキャラやれって言われても無理だしねぇ。
【2006年12月12日 11:50】| | 上杉霧音 #99bd5876ab [ 編集 ]
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