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【2024年12月11日20:06 】 |
Wizardry外伝1 受難の女王 その42

カザルがマリクから聞いた悪魔の胸当ての使用法を説明するとパーティメンバーが初耳、という顔をした。
「すごいねぇ、呪われてるくせに」
ファールが感心したように言う。
「……くせに、って」
ケイツが呟くが相変わらず誰も聞いていない。


二月の中の五日は、鶴の林に薪尽きにし日なれば


奥の院第4層。
パーティは長い通路の探索はひとまず置いておいて、斜め方向へと向かう8つの扉から攻略することに決めていた。
「じゃあどこからいくか、だが……どれでもそうかわりそうにねぇなぁ」
頬をかくカザル。
「勘に任せて北北東から行くか」
ぎぃ……
扉を開けるさび付いた音。
その向こうからモンスターに襲われることはなかったが扉の向こうの通路の向こう側に暗闇がわだかまっているのが見えた。
「ったく、ダークゾーンかよ、よりによって。灯火の魔法が打ち消されるのも面倒だし、別の扉から開けていくぞ」
カザルがそういって引き返そうとして……
ゴウン。
いい音を立てて壁に正面からぶつかった。
「……!? ……!? ……!?」
鼻を押さえて正面を見るカザル。
そこにあったはずの扉は消え、目の前には壁だけがある。
「えっと……?」
念のためにファールが地図の魔法を唱えるがテレポーターに巻き込まれたということも、回転床で方向を間違えているということもない。つまり……
「一方通行かよ」
カザルが嘆くように呟いた。

ダークゾーンへ入りそこから南へ。その通路はすぐに行き止まりとなっており、そこでファールが再び地図の魔法をとなえると東北東の扉の向こう側であることが判明した。
「ほうほう、北北東と東南東の扉は中で繋がってるわけだな、よしよし」
「あんまよしよしでもねぇんじゃね? やっぱりこっちも一方通行なんだから」
地図を見ながら満足そうに言うカザルにファールが突っ込みを入れる。
地理を把握してからパーティはダークゾーンを北側に抜けた、が……
「ぎゃー!」
「ぐあっ」
ダークゾーンを抜けた瞬間パーティが足を踏み入れるはずの床は落とし穴。前衛3人が情けない格好で穴にはまることになる。
「はははー……一方通行にダークゾーンにピットとはなかなか面白い趣向じゃない」
額に青筋を浮かべながらレイラが口を開けてけらけらと笑う。
後衛3人に手を借りて穴から抜け出た前衛3人。その中でカザルは穴を覗き込みながら不思議そうな顔をしていた。
「どったん?」
「いや……この罠には殺意はねぇよな」
質問するレイラにカザルは歯切れ悪そうに答えた。
「いや、痛かったって。めちゃめちゃ痛かったって。ここ擦りむいたんだよ、ほらぁ!」
カザルに反論するようにファールが自分のひじの部分をカザルに向けた。ちょこっと皮が捲れて血が出ている。
ファールを手でどうどう、と落ち着けておいてからカザルは再び口を開く。
「でも擦りむいた、ですむ程度だろ? 例えばこの穴の下に槍なんぞが仕組んであったらどうだ? つまり穴に落ちたら突き刺さるような仕組みだな」
「ちょっと……やめてよ」
一瞬だけ体中が落とし穴の底に仕掛けられた槍で串刺しになって息絶えている姿を想像してしまったのだろう、青い顔になって止めるファール。
「でもそれほど難しい仕組みじゃねぇだろ? 時間さえあれば今の俺らにだってこの穴を致命的な罠に作り変えることが出来る」
確かにカザルの言うとおり、その意味でのこの落とし穴は生命を奪う要素を何一つ持っていない、甘っちょろい仕掛けであった。
「なぜここで俺たちを殺そうとしないんだ? やろうと思えば出来たはずだ……現にこの落とし穴に引っかかっちまったんだからな」
あごに手を当てて呟くカザル。
パーティメンバーも『言われてみれば確かに』と考え出す。
やがてケイツが口を開いた。
「……殺すつもりはなかった。でも仕掛ける意味はあった、ってことですよね」
「まぁ……そうだな」
ケイツの疑問にカザルが上の空で答える。
「殺すつもりはなかった、と言うより『殺さなくてもよかった』……つまりどっちでもよかった、と考えるなら時間稼ぎが目的なんじゃないでしょうか? 穴に落ちれば、どうしてもその治療とかのために時間使っちゃいますし、現に私たちだって今、こうやってこの穴の存在価値について話し込んじゃってるわけです。これって……例えばあとほんの少しだけの時間があればなにかを成し遂げることが出来る、って人間にとって十分な時間を稼げるんじゃないでしょうか……ってぇ」
ケイツは呆然とした。誰も話を聞いていなかったからだ。
カザルにいたってはケイツに一番最初に返事をしたのに聞いていない。
「うわ、すごい酷い」
驚いたように呟くケイツ。そのまま奥の院の石床にのの字を書き始めた。
「まぁ、ここで考えてても仕方がない。とりあえず前に進むぞ。ケイツもそんなとこでしゃがみこんでるんじゃない……なんで睨むんだ、お前は」
前進宣言をしたカザルはケイツにすごい目で睨みつけられた。

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【2007年01月08日17:31 】 | Wizardry小説 | コメント(1) | トラックバック()
Wizardry外伝1 受難の女王 その41

「あっれ? ドルツは?」
ハロゥが集合場所にいつまでたっても姿を現さない巨漢をいぶかしむように言った。
「なぁんか血相変えて宿から出て行ったぞ」
「へぇー」
だからどうろいうわけでもなくハロゥはクッキーをかじった。


このえん仏ぼうくだられ候う


「ふぁ、ふぁーるさんはぁっ!?」
血相を変えて神殿に飛び込んできたドルツに神官たちが迷惑そうな視線を送る。
当のファールはといえば寝台に横たわったままカザルと何事か話をしていたがドルツの姿を見て満面の笑みを浮かべながら右手を上げた。失われた左手も元通りになり、体力を失っていることを除けば完全復活といっても過言ではないだろう。
またシガンとミルーダも蘇生に成功しており、パーティはなんとか全員失われることなく帰還できていた。

ファールの犠牲によって奥の院からの脱出を果たした3人はダバルプス呪いの穴の5層から歩いての帰還を果たしていた。
もちろん奥の院脱出後もモンスターの襲撃を受けていたものの、奥の院に出現するモンスターとはやはりレベルが違う。奥の院を探索することが出来るパーティにとって、3人だけとはいえ、ダバルプス呪いの穴のもんスターたちは障害にはなりえず、闘争と戦闘を繰り返し……道中ケイツが毒を受けるトラブルもあったものの残り1個の特効薬を使用することによってなんとか耐え、ここリルガミンへ帰還していた。

「ふぁーるざん……よがっだぁ」
ファールの姿を見てへたり込むように座り込んだドルツにファールは苦笑を浮かべた。
「油断しちゃったって。心配かけてごめんねぇ」
「油断っつーか、あれは……なぁ」
ファールの言葉にぼやくカザル。ファールの機転で助かったことは事実とはいえ、犠牲が出てしまったことに不満が残る。
「ま、なんとか生き延びることが出来たし。しばらくは安静だろうけど、その間の探索はよろしくねー」
ファールのウィンクにドルツは安心したような顔で頷いた。

「やっぱ回復薬はもっと持って行くべきだな」
蘇生したばかりの3人を宿に押し込み、酒場に向かったカザル、レイラ、ケイツ。カザルが気難しそうな顔をして呟いた。
「本当だったら僧侶がほしいんだけどねぇ。まぁ、現状はエロガキのマディ2回、これを回していくしかないでしょうね」
肩をすくめながらエールをあおるレイラ。
「……誰かが僧侶に転職する手段もないわけじゃないですけど、それはそれで時間がかかっちゃいますし、そうなると現状のまま、薬を多めに持っていく、しかないんじゃないでしょうか」
溜め息をつくように呟くケイツ。
「どうであれ3人の回復を待つ間、恐らく3日程度は探索も中断だ。その間に準備だな」
パーティメンバーを変更するようなことになればまた連携面の建て直しを一から構築せねばならない。だからこそ、そのような方法は最初に除外されていた。
考えられる方法は今のメンバーのまま死なない方法……そのようなものがあるのだろうか。

「やぁ、昨日はドルツがそっちにいかなかかったかい?」
翌日……酒場でひじをつきながら考え事をしていたカザルにマリクが声をかけた。
「ん? あぁ、ドルツならきたぞ。そのままうちのファールの看病にはいったみてぇだがな」
「あぁ、やっぱり」
カザルの答えに苦笑するマリク。
「昨日はあいつが集合場所に来なかったからね。やっぱりそっちだったか」
「あぁー……まぁ、ドルツはファールにベタボレだからなぁ」
カザルも苦笑を返す。
「ってことは、サムライ1人失えば探索も昨日は中止か? ご苦労だったなぁ」
「まさか。あいつがいなくても『楽が出来ない』ってだけで探索自体は可能だからね」
マリクの言葉に意外そうに目を開くかザル。
「ほう、そりゃ余裕だな。まぁ、お前さんとこには僧侶がいるから楽かもなぁ」
「そうだね。やっぱり防御面では頼りになるよね……でも君のところにもロードとビショップがいるんだから条件はほぼ同じだろう?」
カザルは肩をすくめながら溜め息をつく。
「いや、やっぱり僧侶ほどの成長が見込めるわけじゃねぇからな。まだ使えない呪文も多いみたいだし」
「……そんなに使えない呪文が多いのかい? それはまいったね」
カザルの言葉にいかにも意外だというふうに目を見開くマリク。
「2、3レベル程度の呪文も唱えられないなんて、難儀な職業なんだねぇ、ロードというのは」
感心するように呟くマリク。
「へ? ……お前らそんなに軽傷すらおわないのか?」
そのマリクにやはり意外そうに問い返すカザル。
「……」
「……」
しばらく沈黙が落ちた。
「なにか話に食い違いがあるようだね?」
「あぁ、俺もそう思ってたところだ」
頷きあう2人。
「僕のいってる僧侶呪文というのはパーティの防御力を高める補助呪文なんだけど、そこまではいいかな?」
「そうなのか? 俺はてっきり回復呪文のことかと思ってたぜ」
なるほど、と頷くマリク。
「確かに戦闘中のケガを早く治すに越したことはないけど……でも戦闘後だったら悪魔の胸当てをつかえばいいじゃないか」
「なんだそりゃ?」
間抜けな声を出すカザル。
悪魔の胸当て。これを着用すると歩くだけで体力を消耗するというカースアイテムである。
もちろんこんなものはダバルプス呪いの穴にごろごろと転がっており、パーティにとっては『ただ売るだけのアイテム』であった。
しかし……
「知らないのかい? あの胸当てに秘められた魔力を開放すると体力を完全に回復させることが出来るんだよ?」
「うそ……?」
マリクの言葉にカザルは間抜けに口をあけた。

【2007年01月07日11:48 】 | Wizardry小説 | コメント(1) | トラックバック()
Wizardry外伝1 受難の女王 その40

奥の院第5層。
パーティはようやくここまで帰ってきていた。
すでにシガンとミルーダは力尽き、残るメンバーも体力の大部分を失っている。なにより2人を失ったことで回復魔法を唱えることの出来る人間がいなくなっていた。


さて、二条より西ざまに遣らせて行くに


第5層。
6人揃っていれば、それほど大きい問題もなく通過できる場所ではあるが今のバランスを欠いた状態であれば非常に危険な場所であった。
「傷薬はあるか?」
「んー、こっちは……特効薬が1個」
カザルの言葉に物憂げに答えるファール。
「こっちはゼロ」
「あ、私も特効薬が1個です」
レイラとケイツも答える。
「俺もゼロ、ってことで合計2個か……うーむ」
あごに手を当てて考え込むカザルに、ファールはケイツと目配せして特効薬を渡す。
「ほい」
「お、おい!?」
カザルは慌てたように目を白黒させた。
「いやぁ、もうある程度は死も覚悟してるからね。でも誰か1人が地上まで死体引きずってくれりゃ生き返られる可能性だって低くないわけで。だったら体力が一番高い戦士に任せとくのが当然だろ」
「そ、そうですよ。死ぬのは怖いけど、全滅しちゃうのはもっと嫌ですから。可能性で言えばカザルさんが生き残る可能性が高いですもん」
カザルは眉をしかめて考え込んでいたが、やがて肩をすくめる。
「ちっ、俺1人に面倒を押し付けやがって」
言いながら特効薬を1個、飲み干した。

そこからも激戦であった。
下級魔族、吸血鬼、闇に落ちた神官、火の巨人……
しかしこの連戦に4人は奇跡とも言えるほどのコンビネーションを発揮してなんとか切り抜けていた。
やがて、あとは通路を北上すれば奥の院からの脱出が出来る地点まで到達する。
だが……

「……ここまできてッ」
ファールが左手を布で縛る。
そのひじから先は失われ、石の床の上に落ちていた。
火の巨人の操る剣がとらえていたのはまさに急所であり、それを腕一本で済ませたのはまさに僥倖といえた。だが……
僧侶魔法であれば、また特効薬の効果があれば回復は可能であるものの……ファールはパーティに残り1個だけ残された特効薬をカザルから決して受け取ろうとしなかった。
「お前! 死にたいのかっ!」
「死にたくないっていってるでしょ! だから飲まないんだって!」
ようやく腕をきつく縛ることによって失血を止めたファールがカザルに叫び返す。
「私は特効薬をカザルに渡した時点でもうなにが起こっても覚悟は決まってる! そっちも受け取ったんなら覚悟決めてよ!」
ケイツも濃い疲労を表情に浮かべながら、それでもおろおろと仲裁しようとするが言葉が見つからないようだ。
「バージャル、ここはバルのいう通りだってば。リーダーなんだからワガママ言わずにあきらめたらぁ?」
レイラが見かねたように苦笑を浮かべながら仲裁する。
「俺はカザルだ」
「私はファールだ」
仲裁したが名前が間違えている。
「そっ、そんなのもういいじゃん! リーダーなんだから甘えんな!」
「くっそ、リーダーなんか引き受けるんじゃなかったぜ」
珍しく赤くなって言い返すレイラ。それを聞くカザルのぼやきに残り3人が薄く笑った。

「……で、ここにきて、なのかよ」
もうあと数十歩も進めば裂け目に飛び込むことが出来る。すぐ後ろに裂け目が見えているのだ。
そんな位置でパーティに襲い掛かったのは最悪の敵だった。
ブロンドの女の姿をし、しどけない姿で男を誘惑する、だが背中から黒い羽をはやした悪魔が4匹。闇に堕ちた騎士が2人。
そして……あまりにも醜すぎる顔のロード。闇に堕ちたために天から呪いを得たロードが立ちはだかっていた。
「どうすんの?」
間合いをじりじり詰めながらレイラがカザルに聞く。
「真ん中のロードさえいなきゃ退却ってのがベストなんだがな……今の状況じゃそれも難しいだろうよ。となりゃ戦うしかねぇ」
退路の導線。そのちょうど真ん中をロードに遮られており、このまま退却は難しいだろう。ロードを相手にすることの困難を承知していながら、吐き捨てるようにカザルが言う。
「……んじゃあ退却しようって」
前衛3人の中で一番体力を失っているために2人から少し後ろにポジションをとっていたファールが簡単に言った。
「だから……退路がねぇんだってば」
呆れたように後ろも見ずに言い返すカザルに、後ろから笑みを含んだ気配。
……ファールが、笑っている?
いぶかしそうなカザルにファールはさらっと言い切った。

「死体回収はお願いね」

ファールが2人の間をすり抜けてモンスターに向かって突進する。
そのファールの行動は神速といっても過言ではなかった。だがそれはロードの間合いである。突進するファールにロードは迷いもなく剣を繰り出す。
ぞぶっ。
肉を絶つ音。ロードにとってはこれで終わる……そのはずだった。
だが……
ファールは体に刃を食い込ませたまま、右手でムラマサを振るいロードの首を刎ねる。
「は、やく行、けってぇッ!」
すでに命の炎を消しながらも絶叫するファール。その体を横から奪うように引きずり、悪魔や騎士たちの追撃を振り払いながら、パーティは裂け目へと飛び込んだ。

【2007年01月06日20:55 】 | Wizardry小説 | コメント(1) | トラックバック()
Wizardry外伝1 受難の女王 その39

スプリガン。
この巨人はそもそも古代の財宝を守護する妖精であり、数ある妖精族の中で最も攻撃的な存在として知られていた。
財宝の守り手として知られるこのモンスターがなぜこの迷宮に存在するのかはわからない。
だがこの巨人の存在がパーティにとって驚異的である事実は変えようがなかった。


亭子のみかといまはおりゐ給ひなんとするころ


シガンの首が通常ありえない方向に曲がっている。
冒険者にとって『死』は絶対的なものではないとはいえ忌避すべきものであることは間違いない。
もうこれ以上の犠牲者を出すことは出来ない……
カザルとファールが同時に斬りかかる。
ファールの攻撃は避けられ、カザルの攻撃は微々たるダメージのみを与えるに留まった。
しかし、それはフェイント。
カザルの肩を踏み台にしてレイラがスプリガンの目の高さまで跳躍する。
『取った』と誰もが確信した絶妙のタイミングだった。
レイラの攻撃は確かにスプリガンの眉間を捉えた……ように見えたし、レイラ自身もそう確信していただろう。
しかしスプリガンの急所からはそれていたようだ。必殺の攻撃はその効果をあらわさず、スプリガンは目の前まで跳躍したレイラをハエでも追うかのように右手を振って追い払う。
「……ッ!?」
その勢いのままレイラは壁に叩きつけられ、口から血を吐き出した。
ミルーダがすぐに回復呪文を唱え始めるが、その前にスプリガンが動き出していた。
「……」
無言で毒の息を吐き出すスプリガン。
その攻撃に体力を失っていたミルーダが倒れ、また他のパーティメンバーも深刻なダメージを受けていた。
しかしそれだけではすまない。
「ん……んん」
ファールがぼうっとする頭を振ってなんとか耐えようとするものの片膝をつく。その横でカザルが床に倒れた。
睡眠のブレス。パーティ全体を相手に灼熱のダメージを与えるとともに、昏睡状態に陥らせる……恐ろしい攻撃であった。
ファールは意識朦朧としており、カザルはすでに夢の中だ。レイラはすぐに治療が必要な状態であり、動くことは出来ないが、治療が出来る人間は2人とも命を失っていた。
……考えろ。
杖を構えながらケイツが前に出る。
……考えろ。
ケイツもすでに体力の大部分を失っており、まともに立っていられる状況ではない。だがそれでもなおこのパーティで一番傷が浅いのはケイツであった。
……考えろ。
スプリガンは今なら油断している。前衛を3人とも無力化し、前に出てきたのがこんなチビの魔導師なのだから。
……考えろ。
ケイツがぎゅっと杖を握り締める。スプリガンの口の端が笑ったように持ち上がった。
……考えろ。
今の自分の武器はレベル2、3、6の魔導師魔法。レベル6に属する攻撃魔法ラダルトは吹雪を巻き起こす魔法であるが、それ一撃であいつを倒すことが出来るだろうか。
……考えろ。
それはあまりにも確実性にかけるだろう。ならば同じくレベル6に属するロカラはどうか? 相手を地割れに巻き込み一瞬で全滅させる呪文である。
……考えろ。
地割れに? 空中に浮かんでいる敵をどうやって地割れに巻き込むというのだ。しかもレイラの改心の一撃さえ致命的な傷を与えられなかったではないか。
……考えろ。
致命的な傷とはなにか? ニンジャは生物であれば必ず体中に走っている『生命の線』とも呼ぶことが出来るものを読むことが出来るという。それを一瞬で絶ち、相手を殺すのがニンジャの一撃必殺攻撃の正体であった。
……考えろ。
では先ほどの攻撃はなぜ一撃にて葬れなかったのか? それ以前になぜスプリガンはこの場所に存在しているのか?
……考えろ。
スプリガンはもともと財宝の番人。この地に財宝がないとは言わないが、すぐに手に入れられる場所にあるわけではあるまい。なのにスプリガンはここでなにを守護しているのか?
……考えろ。
なぜレイラの攻撃は効果をあらわさなかったのか? なぜスプリガンはこの場所にいるのか?
……ゆっくりとケイツは呟く。
「お前が死人だからだ」
死人であれば『生命の線』は通常の生物とは違うところを走っているだろう。悪しき呪法の末であれ、『動くもの』には『生命の線』は走っているのだから、ただレイラの予想とは違う場所だったということなのだろう。
死人だからこそ、わざわざ生き返され財宝もない場所で番をすることを『誰か』に命じられるだろう。僧侶魔法のディ、カドルトではない邪悪な法には死者を使役する呪文もあると聞いている。
「碧叢叢高挿天……」
静かに詠唱を始めるケイツ。
自分の推論を疑うわけではない。
スプリガンがなにかの予感を嗅ぎ取ったかケイツに止めを刺そうと襲い掛かる。
だが……2歩足りない。
「……ジルワン」
ケイツの唇から力ある言葉が紡がれる。それは不死者を長しえの眠りにつかせる呪文。ケイツに残された6レベル魔法。
その言葉とともにスプリガンはざぁっと音を立て塵と化した。戦闘のあとはなにも残らず……
「はぁ……」
ケイツが精神力を使い果たした顔で尻餅をついた。

【2007年01月05日12:54 】 | Wizardry小説 | コメント(1) | トラックバック()
Wizardry外伝1 受難の女王 その38

マロールがもうない。ケイツのこの言葉にカザルはまだ楽観的だった。
「ったく、しょうがねぇな……シガン、ロクロフェイト頼むわ」
苦笑しながらリルガミンへ直帰することのできる魔法を使うように言う。ロクトフェイトは一度使うと再度覚えなおさなければなさないという特殊な魔法であり、だからこそ切り札なのだ。
シガンは珍しく青い顔をしてカザルに言う。
「さっきのファールとカザル治療のためのマディで……ロクトフェイト使い切っちまったよ」


元日に二條のきさいの宮にて白き大袿を給はりて


呪文行使者が呪文を唱えるためには精神の特定の階層に大きな負担をかけるといわれている。
呪文のレベルはこの精神の階層を示しており、呪文を行使した魔法使いはその特定の領域を疲弊させていくのだ。
これがマジックポイントとも呼ばれる魔法の行使回数であり、地図を示す魔法……デュマピックを使い切ってしまうと他の高位のマジックポイントが残っていたとしてもデュマピックは使うころができないという所以であった。
マロール……テレポートの魔法は魔導師魔法7レベルに属しており、魔導師魔法を行使できるのはケイツ、ファール、ミルーダの3人。しかしファールとミルーダは本職の魔導師ではないのでこの呪文を使うことは出来ない。
マディ……回復の魔法は僧侶魔法6レベルに属しており、ロクトフェイト……帰還の魔法と同じ領域である。そして僧侶魔法を行使できるのはシガンとミルーダの2人なのだが、やはりミルーダは本職の僧侶ではないためまだこの呪文を使うことは出来ない。

パーティはリルガミンへの帰還方法を失っていた。

「っ……やってられんな」
その後のカザルの行動は『リルガミン屈指の戦術家』の名に相応しく迅速だった。
帰還方法が尽きていたことを悟った瞬間……恐らく奥の院に到着してからずっと見張っているであろう『敵』に追撃の準備を用意をさせることなく、すぐに足での自力帰還を宣言し、キャンプをすぐにたたむとかなりの早足で歩き始めていた。
しかしカザルの、その迅速な行動があってなお、あの東西に伸びる長い通路で1度目は闇に堕ちた騎士たち、2度目は光の玉を引き連れた縞模様の巨人という2度の戦闘を回避しきれず、もはやパーティは死人こそいないものの満身創痍であった。
しかし、ようやくにして……
「ふぅ」
レイラが溜め息をつき、ファールがムラマサを油断なく構えたまま通路の逆側を警戒する。
第5層へと向かう階段のある部屋、その扉の前にようやくパーティは達していた。
ケイツが扉に手をかける。ケイツ自身が現在使用できる呪文は2、3、6レベルの呪文のみであり、しかもその数も少ない以上自然と切り札的な扱いとなってくるため、せめてドアをあけ、前衛が室内に侵入したときに隊列を整えやすいようにすることだけが今の彼女の仕事であった。
ドアの向こう。さきほどこの場所を通ったとはいえ、この通路でも2度の戦闘に巻き込まれた以上、この向こうにも敵がいると考えたほうが自然だろう。
「……」
シガンの顔に緊張が浮かび、ミルーダも扉を……恐らくその向こうにいるものを睨みつけるように眉を寄せる。
「ケイツ、オーケーだ」
カシナートの剣を構えたままカザルが指示をだし、その一瞬後、ケイツがドアを開けた。

「へっ?」
一番最初に間抜けな声を出したのはシガン。
部屋の中から、パーティが予想していたような襲撃はなにもなかった。
「ん~?」
ファールが眉を寄せて困った顔をする。
「へぁ」
緊張していたものが解けたのかレイラも情けない声を漏らした。
「いやぁ、なんもいねぇいねぇ。でも5層もクリアしなきゃ帰れねぇし、とっとといこうぜ」
シガンが室内、その中心の階段に向かおうと一番に走り出す。

サムライは気を使い、気を操り、それにより戦う職業といわれる。
気とはそれほど珍しいものではない。誰かが後ろにいれば『気配』は感じることが出来るだろう。
『気配』が消えていたとしても、相手に対しての害意があれば必ず『殺気』は放出される。むしろ『殺気』を使うことによって『気配』を消していると考えればいいだろう。
そういったなにかしらの『気』を使い、戦い、ときには相手の『気』を読むのがサムライであった。
……シガンはサムライでなくロード。
部屋に一番最初に侵入したのがファールであれば避わすことができただろう。

「シガン、上っ!」
ファールの注意は間に合わなかった。シガンはいきなり空中に具現化した巨大な腕に吹き飛ばされ、そのまま壁に激突し、ぴくりとも動かない。
「シガ……ッ!」
ミルーダがそちらに駆け寄ろうとするもののまずは敵を倒さなければ……隙を見せればどうなるかわからない。
腕……いや、敵はもはやほぼ全身が具現化しつつあった。
あの苦戦した氷の巨人にも匹敵するほどの巨体。しかしその下半身はもやのように曖昧になっており、空中に浮かんだままその屈強そうな上半身でパーティを威圧してくる。
あまりにも醜いその容貌にケイツは小さな声で呟いた。
「スプリガン……!」
……シガンはぴくりとも動かない。

【2007年01月04日07:32 】 | Wizardry小説 | コメント(1) | トラックバック()
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